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2011年7月19日 (火)

[野菜の学校](1) 信州伝統野菜

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[野菜の学校]の7月は信州伝統野菜です。講師には信州伝統野菜認定委員、元長野県野菜花き試験場場長の塚田元尚さんが来てださいました。お話の中心は「伝統野菜の価値--なぜ伝統野菜はだいじなのか」

以下は、私のメモの箇条書き

  • 伝統野菜は、狭いエリアに自給自足的生活をしている地域に残ってきた。
  • 日本においては米が作物の頂点であり、米を作れない土地で野菜が作られる。
  • 伝統野菜は、婚姻関係で広がってきた。
  • 長野の漬けものには、乳酸発酵(酢)の文化と、塩漬けの文化がある。
  • 乳酸発酵は南信地方が中心で、木曾街道を通じて京都から入った。
  • 塩漬けは中信・北信地方にあり、この背景には日本海との交流がある。鮭の塩漬けを江戸へ運んだルート
  • 平成に入り流通の発達によって、伝統的な漬けものも広域的に広がり、その価値が画一化してきた。野沢菜漬けも北信中心に、味や形が均一化している。
  • 伝統野菜は、長期的には食材が持っている食料としての価値。食料としてすぐれているという証が必要。
  • 食味性、形質の均一性を求めることは、近代的、衛生的な価値観だ。
  • 日本ほどすぐれた野菜が全国的に画一的に存在している国はない。伝統野菜の一方にあるハイブリッド野菜。
  • 伝統野菜を育て、守っているのは、地域の自然条件であり、地域の価値感である。
  • 伝統野菜を保存しなければならない理由は、昔食べたものを懐かしく思うところにあるのではない。食生活文化の多様性を担保するために重要なのだ。

漬けものの地方による違いについてのお話に出た「日本海から塩鮭を運ぶルート」。塩の道=ブリ街道は有名だけれど…と思って『長野の食事』(農文教刊)を確認したら、ありました。

徒歩交通の時代に、信濃の国へ塩が移入される路は幾筋かあり、これらの路を通って魚も運び込まれた。糸魚川、富山方面から運び込まれる塩ブリは安曇平を経て県の南の地域に、新潟方面から運ばれる塩鮭は北信一帯から千曲川沿いに佐久平にかけて、それぞれの地方で年取り魚として珍重された。

「伝統野菜は自給自足的生活をしている地域に残ってきた」というお話はあたりまえのようだけれど、含蓄が深い。自給自足ということは、それを売っておカネにするようなものではなかったわけだ。
伝統野菜とはプロの農家がシゴトの領域で作る作物にはなりにくく、「擬似農家」と呼ばれるような家庭菜園的・自給自足的農家の作物。だから直売所が各地にできたり家庭菜園が盛んになったおかげで、私たちも手に入れることができるようになった。プロ農家が扱うならば、ブランド化の方向に走らざるを得ないのかもしれない。
野菜の世界が豊かになり、農家が潤うなら、あまりカタイことはいわなくてもいいじゃないの、とも思うけれど、「伝統野菜」ということばの多様な使われ方、あるいは曖昧さのモトはそこにもあると思います。

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