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2014年5月17日 (土)

相模半白節成と平塚市のきゅうり栽培史

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平塚市にある城島園芸の吉川貴博さんは、「幻の」といわれた「相模半白節成」に興味をひかれ、栽培を始めたという。

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相模半白節成は80年以上前に神奈川で育成された地方野菜です。
吉川さんのハウスで収穫する時期は
  • クリスマス時期タネまき⇒2月下旬~7月上旬
  • 8月中旬タネまき⇒9月下旬~クリスマスまで
てことは、出ないのはクリスマス~2月中旬までの2ヶ月足らず。ほとんど周年に近いではないか。3月10日に開かれた「伝統野菜フェスタ」に登場するのも当然なわけてす。
しかし、ほとんど周年栽培の作物を「伝統野菜」と呼んでいいのだろうか、という疑問がわいてきます。伝統野菜には旬がある、というか、旬にしかないもの、なのですから。で、よこはま青果塾の藤岡委員長からもらった資料をみてみた。それが、これ↓。
●相模半白節成のこと
  • きゅうりは早出しの「ウリ」とした珍重され、関東では江戸時代後期から在来種のきゅうりが栽培されていた。…(略)…特に半白系は…(略)…販売の主力品種として県下の促成栽培に早くから取り入れられていた。
  • 神奈川兼農業試験場園芸部は1922年(大正11年)頃からきゅうりの研究を始め、1927~28年(昭和2~3年)には品種改良に着手、全国より十数種の品種を取り寄せ比較研究を行った。この結果、現在の平塚市高根、大磯町等の篤農家より収集した「馬込半白」の系統がすぐれていたため、これを素材に、改良、系統選抜を進め、1929年(昭和4年)に「相模半白節成」(育成者:竹内鼎氏)を発表した。
促成栽培は江戸時代から行われていたといいます。いまハウスで栽培され、ほとんど周年出回るようになったことも、促成栽培の流れのなかにあるわけで、となると「伝統野菜」ではないとはいいにくい。

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●平塚市きゅうり栽培史
ネットで平塚のきゅうりのことを探していたら、平塚市図書館の情報誌「きぃぷ」に面白い記事が出ていました。
  • 明治末から戦後にかけて平塚の旭地区で最も重要な農作物は、キュウリであった。旭で最初にキュウリを栽培したのは、山下の久保田辰五郎氏であり、氏は幕末の嘉永年間に高座郡より種子を入手して試作したが、一般の口には合わなかった。
  • 高根は、キュウリ栽培の適地で、キュウリは半促成で冬期(1月下旬~2月上旬)に「モトドコ」といわれる苗床をつくり、横3尺(0.9m)縦5尺(1.5m)の油障子(油紙を貼った障子)の大きさが基準となり、ここに種子をまく。「トコ」は、まわりに杭をうって竹をわたし、ワラでかこった長方形のもので、この中には、一番下にワラを入れてその上に落ち葉をのせる。これらを交互に入れて、水と糠を振って発酵させ、その熱を利用して発芽させ、苗を育てて、暖かくなった4月中・下旬に畑に定植した。このキュウリは、相模半白胡瓜の名で味は最高であったが、病害虫に弱かった。
  • 木島氏は、明治41年(1908)に生産組合「朝陽社」を設立し大正2年(1913)には、近隣地域を含めた中郡青物連合組合を設立した。この組合は、青森県の林檎組合、静岡県の梨組合と共に日本三大組合の一つに数えられた。「朝陽社」は、現在の平塚市山下1番地(彰徳碑の斜め前)にあって、ここに朝もぎとったキュウリが集められ、共同選果し、ヤサイカゴに入れて東京市場へ出荷した。このキュウリが東京で名声を得たのは、共同選果で信用されたためだといわれている。各農家では、キュウリの大きさを松、竹、梅の等級に分け、目方で伝票を切って出荷した。
  • 中郡青物連合組合になってからは、この組合のことを通称○中(マルナカ)といわれ、東京の新橋に事務所をもち貨車で新橋へ送り市場へ出した。この当時マルナカという名が売れており、キュウリをつめたカゴにも○中とつけて出した
    ------以上、「篤農家・木島才次郎(1872-1933)キュウリ栽培のパイオニア」から抜粋
相模半白節成のように都市近郊で経済栽培されてきた伝統野菜と、落人部落や忍者部落といわれるような閉鎖的な地域に自家用に残っている伝統野菜とは分けて考えるべき、というあたりまえのことを、いまさらながら認識しました。
 
 

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